「ルーシィー!邪魔すんぞーっ」
「ぞーっ」
「不法侵入ーっ!」
「「ぐほぉっっ」」
いつものように窓から侵入してきた桜頭と青猫に見事な回し蹴りを食らわし、ルーシィは仁王立ちで壁にめり込んだ彼らを睨みつける。
「もうっ!勝手に部屋に入ってこないでって何度も言ってるでしょ!」
「いってぇー。相変わらず凶暴だな、お前」
「あい!それがルーシィです」
じろりと半目のルーシィに怯む様子もなく、ナツとハッピーは文句を垂れる。
二人(正確には一人と一匹)のマイペースさに辟易しながら、ルーシィは言葉を続けた。
「あのね、せめて窓からじゃなくドアから来なさいよ!それに―…」
「ルーシィ、俺ら今暇してんだ。遊んでくれ」
「話を聞きなさい!」
ああ、駄目だ。またこいつらのペースに呑まれてしまう。
頭痛を感じ始めたルーシィは額を押さえる。
「ほんと飽きないわよね、あんたらも―…。ん?」
「どうしたのー?」
視界に入った桜色の頭に目を留め、声を漏らしたルーシィにハッピーが声を掛けた。
ルーシィにじぃっと見つめられたナツは、居心地悪そうに声を上げる。
「なっなんだよ?」
「んー、ナツの頭が…」
「ルーシィ、ナツの頭が猫よりショボいのは今更だよ?」
「おい!何言いやがるハッピー!」
「そうじゃなくて…。いや、確かにナツの頭はショボいけど…」
「残忍な奴だな、お前」
「違う違う。あたしが言いたいのは、ナツの髪が伸びたなって」
そう言いながら、ナツの髪を一房白い手で掬い上げる。
「おお、そういえば暫く切ってねえなぁ」
「確かに前髪とか邪魔そうだね」
「あっ!じゃああたしが切ってあげよっか?なんならキャンサー呼ぶし!」
良いアイディアだろうと言わんばかりに、ルーシィはナツの鼻先にピッと人差し指を立てた。
「ルーシィが切んのか?」
「ええ!そんなことしたらナツが禿げちゃうよお!」
「髭引っこ抜くわよ猫ちゃぁん?」
危機を察知し白い羽根で飛び上がった猫を引っ掴み、頬をみよんみよんと引き伸ばす。
「あたしだって毛先整えるくらいなら出来るわよ」
「本当かあ?」
吊り目から訝しげな視線を受け、ルーシィは自信満々に胸を張った。
「手先の器用さには結構自信あんのよ」
「ふーん…」
「あんたねえ…。分かったわよ、キャンサー呼べばいいんでしょ」
未だに疑っている様子のナツに苛立ちを感じ、妥当な意見を出す。しかしナツは何かを思案しているようで、返事が返ってこない。
「ちょっとナツ?」
「うーん…」
「キャンサー呼ぶわよ?」
「いや…。ルーシィが切ってくれ!」
「ナツ禿げちゃうよ!?いいの!?」
「禿げないわよ!?」
青い猫の失礼な発言に声を荒げる金髪を眺め、ナツはにっかり笑った。
「頼んだぞ、ルーシィ!」
この笑顔にはめっぽう弱い…。
そう心の中でごち、少し熱くなった頬を両手で覆う。
深い溜息を一つ零して、ルーシィはナツに向き直った。
「分かったわ!あたしにばっちり任せなさい!」
「へえ。ツンツンしてる割に意外と柔らかい髪質なのね」
「そうか?」
普段は強烈なパンチを繰り出してくる手と同じだとは思えないような、優しく触れてくる華奢な指先の感触に、ナツはくすぐったそうに目を細めた。
ルーシィは左手の人差し指と中指で前髪を挟み込み、右手に持ったはさみの刃を斜めに入れる。慣れた様子のその手つきに、ルーシィの横で様子を見ていたハッピーは感心したように声を上げた。
「本当にカット出来たんだね!」
「キャンサー呼べない時なんかは自分で切ってるからねー」
「これなら禿げる心配も無さそうだね!」
「そのネタまだ引き摺るか!」
そんな掛け合いをしつつも作業を止めない白い手が、自分の前髪を短くしていく様子を、ナツは近すぎる距離によって合わない焦点のまま眺めた。
通常ならば近いと怒られるこの接近した状態も、今は髪を切るという仕事に没頭しているルーシィには気にならないようだった。
ふいに鼻を掠めるルーシィの甘い匂いに、鼓動が一つ跳ねた。同時に感じる幸福感に、じんわりと胸が熱くなる。
「ルーシィ…」
「あ!ちょっと動かないで!」
湧き上がった衝動のままに手を伸ばそうとすると、慌てた高い声に制された。
「動くと危ないよ、ナツ」
「そうだな。ルーシィが凶器持ってると何されるか分かんねえもんな」
「そんなにおかっぱが希望だったのかしら?」
「ごめんなさい」
おかっぱにされた所を想像して、素直に謝罪を口にした。ルーシィはそんなナツの反応にクスッと笑う。
機嫌が良さそうなその笑みに、ナツの鼓動がまた一つ跳ねた。
ルーシィと過ごす空間はとても心地が好い。彼女と過ごす時間は、どれを取っても楽しくて輝いていて。
「うーん。前髪はこんな感じで大丈夫だとおもうけど…。後ろはやっぱりキャンサーに頼もうかしら」
「ルーシィ仕事放棄するの?」
「ナツのツンツン頭じゃ髪型整えるの難しいのよ」
「なんか顔が痒い…」
ふいに鼻の頭や頬に感じた痒みを訴える。
「ああ。切った髪が顔に付いてるのね。ちょっと待ってて」
立ち上がったルーシィは、髪を切って貰うために座り込んだナツを残し、その場を離れた。
遠ざかった温もりに、ナツは胸の内に空洞が出来たかのような感覚を覚えた。
その正体が何かを確認する前に、ルーシィが筆のようなものを持って戻って来た。
「何だそれ?」
「これ?化粧用のブラシよ。まだ新しいから、別に汚くないわよ」
「へー」
「ほら。髪の毛落としてあげるから、目瞑って」
再び近くに感じた温もりに安堵しながら、ナツは目を閉じる。優しく顔を撫でる筆の感触と漂う甘い香り。
この幸せが、ずっと続けば良い――。
「なっ、ナツ?」
焦ったような声音が聞こえ、ナツは我に返った。
どうやらいつの間にかルーシィの手首を掴んでいたらしい。
だがその手を離す気にもなれず、細い手首を握ったまま目の前で揺れる瞳を見詰めた。
「ちょっと!まだ終わってな…」
真剣な瞳に捉えられ、ルーシィは言葉を失った。
鋭いその目の奥に揺らめく炎を見つけ、急激に体温が上昇していく。
「なつ…」
なんとか絞り出した声にもナツは反応せず、ルーシィを射抜いたまま動かない。
どうしよう―…!?
こんな表情でナツが自分を見詰めて来ることなんて、危機的な状況下や戦闘時くらいでしか無かった。
混乱に渦巻く脳内が、そろそろショートを起こすかというまさにその時。
「ナツぅ。ルーシィの邪魔したら怒られるよー?」
下から上がった呑気な声に、張り詰めた空気が一気に霧散した。
「そっ、そうよ!まだ後ろだって残ってるんだから、早く終わらさせてよね!」
それまでの雰囲気を忘れんとばかりに、ルーシィは慌てて叫んだ。
「お、おお…。すまん…」
「もうっ!髪切り終わったらさっさと帰ってよね!」
ぷりぷり怒っているルーシィの頬が赤く染まっているのを、ナツは見逃さなかった。知らず口角が上がる。
「何言ってんだ。飯食ってくぞ!」
「あい!オイラお魚がいいな!」
「本当に勝手ねあんたら!」
にやけた頬を戻す努力さえせず、さも当然と言わんばかりに桜色が居座る宣言をすると、青色も乗じて注文を付けてくる。
ルーシィは「私の家を何だと思ってるのかしら」と嘆きながらナツの顔に付いた髪を払った後、巨蟹宮の扉を開く鍵でキャンサーを呼び出し、ナツの後ろの髪も仕上げた。
「サンキューな!ルーシィ」
「変なとこもないみたいだね!殆どキャンサーのおかげだけど」
「ハッピーは刈り上げがお好みかしら?」
「うわーん!オイラ芝生になっちゃうよー!」
「刈る違いよそれ!」
いつも通りのやり取りを耳に入れながら、ナツは切って貰ったばかりの前髪に触れた。
以前よりも開けた視界がルーシィによるものだと思うと、どうにも嬉しくなる。
「あっそうだナツ」
「何だよ?」
「ちょっとこっち来て」
ルーシィに手招きをされ、ふらふらとそちらに向かう。
「目瞑って屈んでくれない?」
「お前、まさか悪戯でもするつもりか?」
「あんたらじゃあるまいし、そんなことしないわよ」
ほら早く、と急かされ、大人しく屈んでやる。すると、先程と同じように髪に手が触れた。何をするつもりか見届けてやろうと目を開いたままでいると、それに気付いたルーシィは勿論許してくれるわけもなく。
「ちょっと!目瞑れって言ったでしょ!」
「だって…」
「なによ?」
「ルーシィの顔面白えんだもん。見てなきゃ損だろ」
「はさみって刃が丁度二本あるのよねえ…目が二つあるのと一緒で」
「お前恐えぞマジで!」
背筋を走った悪寒にこれ以上は危険だと思い、しぶしぶ目を閉じた。
大人しくされるがままになっていると、髪が引っ張られる感覚がした後、頭にぽんっと手が置かれた。
「はいっ完成!」
「似合ってるよナツー」
「何したんだよ?」
確認のために前髪に触れる。
ナツの特徴といえる桜色の髪は、頭の上で一つにくくられていた。何か固いものが結び目にくっ付いている。
「自分で見てみる?」
ルーシィに手渡された手鏡を覗き込むと、前髪が束ねられた頭のてっぺんには、金色の星型をした飾りが二つ反射していた。
「なんじゃこりゃあ!?」
「可愛いでしょ!前髪下りてると邪魔そうだから、あたしからプレゼント!」
「こんなの女みてえじゃねえか!ってか切ったばっかなんだから必要ねえだろ!」
「伸びた時用に!ね!」
にっこりと楽しそうに笑うルーシィに、ナツはうんざりしたような視線を向ける。
「しかも髪結ぶとか、オレそんなこと出来ねえし…」
「それくらいあたしがやってあげるわよ?」
「いや、恥ずかしくて着けらんねえだろこれ…」
金の星から連想されるものはただ一つ。
それはまるで…
「その飾りって、如何にもルーシィって感じだよね」
ナツの心の声を代弁するかのように、ハッピーがナツの頭を見ながら言った。
「ルーシィがナツと一緒にいるみたいだね!」
面白いものを見たとばかりに、ハッピーは口元を押さえくふくふと笑った。
「な!あ、あたしはそんなつもりじゃ…っ!」
ナツは真っ赤になったルーシィを見ながら、自身も顔が熱くなるのを感じた。
弁解せねばと、ナツも無理やり口を開く。
「そっ、そんなわけねえだろハッピー!こんなのオレは使わねえし!」
「あ、そ、そうよね…っ」
「オレが着けてたらすぐに燃えちまうだろうし!」
「そうよね…ごめん…」
ナツの必死の言い分は、ルーシィにとっては逆に落ち込ませる要因になってしまった。
寂しそうにルーシィはナツに笑いかけた。
「あたしが勝手に押し付けただけだもんね…。ごめんね、使わないようなものあげて…」
「あっ、いや…っ」
「要らないよね…やっぱり」
「そんなことねえよ!」
どんどん沈んでいくルーシィを声を張り上げ遮った。
「え、でも…」
「つっ使う!使うから!」
「だって燃やしちゃうんでしょ?」
「絶対燃えねえ時に使う!」
「それっていつ?」
「それは…っ。ねっ、寝る時とか…?」
さすがに苦しいだろう、これは。寝る時って…。
気の利いたことが何一つ言えないナツは、自分の弱い脳みそにうんざりした。
「寝癖になるじゃない。それに自分じゃ結べないんでしょ」
「そうかもしんねえけど…」
「…別にいいわよ、無理しなくて」
「…っ」
ふぅーっと吐き出された溜息に、返す言葉もない。
ルーシィから貰ったものなんて、大切に決まっている。ただ、デザインがデザインだっただけに、気恥ずかしくなってしまっただけなのだ。
こんな風に落ち込ませたかったわけじゃないんだ。
訪れた沈黙に押し潰されそうになっていると、この現状を作った元凶とも言える青い猫が口を開いた。
「じゃあ、ルーシィの家で使えばいいんじゃない?」
「へ?」
「ヘアゴムはルーシィの家に置いといてさ。ナツがここに来た時にルーシィに結んで貰えばいいし、外に出なければ見られることもないし。ルーシィの家で使うなら燃える心配もないでしょ?」
さも名案と言うように、ハッピーが鼻を鳴らす。
戦闘でしか頭の回らないナツは、その言葉が天のお告げのように思えた。
「おお!ハッピーお前、天才なんじゃねえか!?」
「あい!オイラはネコマンダーですから」
「ネコマンダーの定義がよくわからないわ…。ってかあたしの家に来る前提の話よねそれ!?」
疲れたように首を振るルーシィに、ナツは満面の笑みで声を掛ける。
「なっ!それでいいだろ!?だから、これはもうオレのもんだからな!」
頭に光る星を指先で弄りながら嬉しそうに言うナツに、ルーシィも釣られて微笑んだ。
「…もう。しょうがないわね…」
戻ってきたルーシィの笑顔に、嬉しさで口元が更に上がるのを感じる。
ルーシィが笑うと、何時だって幸せになれるんだ―…。
ナツは温かくなった胸の上でぎゅっと拳を握り、幸福を噛み締めた。